コラム

日本のAI戦略2024と今後の方針【前編】

統合イノベーション戦略とAIガバナンスの確立

はじめに

2024年6月、日本政府は「統合イノベーション戦略2024」を閣議決定し、AI分野における国家戦略を大きく前進させました。 生成AIの急速な普及により、社会経済システムに大きな変革がもたらされる一方、偽情報の流布や犯罪の巧妙化といったリスクも顕在化しています。 前編では、これまでに確立された統合イノベーション戦略の全体像と国内のAIガバナンス体制について解説します。

統合イノベーション戦略2024の概要

2024年6月に閣議決定されたこの戦略は、第6期科学技術・イノベーション基本計画の実行計画として位置づけられ、3つの基軸と3つの強化方策を柱としています。
特に注目すべきは、強化方策の一つとして「AI分野の競争力強化と安全・安心の確保」が明確に位置づけられた点です。これにより、AIは日本の科学技術政策の中核を担う存在となりました。

AI事業者ガイドラインの公表

2024年4月、経済産業省と総務省は「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を公表しました。
人間中心の考え方、人権への配慮、安全性の確保、プライバシー保護、偽情報対策など10の原則を掲げています。
このガイドラインは法的拘束力を持ちませんが、AI事業者が自主的に取り組むべき指針として位置づけられています。
日本は欧米のような厳格な規制よりも、事業者の自主性を尊重したソフトローのアプローチを選択しています。

AIセーフティ・インスティテュート(AISI)の設立

2024年2月、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)内にAIセーフティ・インスティテュート(AISI)が設立されました。
AIの安全性評価に関する調査・基準の検討、評価手法の開発、国際的な連携の促進など、日本におけるAIセーフティのハブ機能を担っています。
元日本IBMのAI研究者で損保ジャパンCDOを務めた村上明子氏が所長に就任し、産学官連携による取り組みを推進しています。

AI制度研究会の活動

2024年夏にAI戦略会議の下で「AI制度研究会」が新設され、AI利用の安全・安心を確保するための規制制度の在り方を検討しています。
EUのAI規制法など国際的な動向を参考にしつつも、イノベーションを阻害しない柔軟な制度設計を目指しています。

偽情報対策への取り組み

生成AIの普及に伴い、偽・誤情報の拡散が大きな社会問題となっています。
政府はAIが作成したコンテンツを判別する技術の開発、電子透かし技術の導入、AIリテラシー向上、SNS上のなりすまし型偽広告への対策、ファクトチェック機能の推進など、技術的・社会的な対策を進めています。

AI戦略本部の設置と4本柱

2024年9月、内閣府にAI戦略本部が設置されました。
石破首相は「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指す方針を示し、以下の4本柱に沿った基本計画の策定を指示しました。

  • AIを使う: 利活用の促進
  • AIを創る: 開発力の強化
  • AIの信頼性を高める: ガバナンスの主導
  • AIと協働する: 社会の継続的変革

現在、この4本柱に基づいた具体的な施策の実行が進められています。

前編のまとめ

日本のAI戦略は、技術革新の推進と安全性確保のバランスを重視した包括的なアプローチを特徴としています。
ガイドラインを中心としたソフトローによる自主的な取り組みを基本としつつ、必要に応じて制度整備を検討する柔軟な姿勢を示しています。
後編では、広島AIプロセスを中心とした国際連携と、2030年代に向けた日本の具体的なビジョンについて解説します。